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【エジプト旅行㉛】フィラエ神殿(イシス神殿)|ナイル川に浮かぶ女神の聖域へ

イシス神殿(フィラエ神殿) アスワン
イシス神殿(フィラエ神殿)

前回の記事は↓
【エジプト旅行㉚】アブ・シンベル神殿に行けない!?送迎トラブルとイシス神殿への転換

アブ・シンベル神殿行きの送迎が来なかったあの朝。諦めと悔しさを抱えたまま向かったのが、フィラエ神殿(イシス神殿)でした。結果的に、この「代替プラン」が予想をはるかに超える体験になりました。

貸し切りボートで、いざ女神の島へ

宿の前で出会ったおじさんのボートに乗り込み、いよいよ出発です。力強いエンジン音を響かせながら、ボートは深く濃い藍色を湛えたナイル川を滑るように進んでいきます。島に建つフィラエ神殿へ向かうには、このナイル川をボートで渡るしかありません。

フィラエ神殿(イシス神殿)へ向かうボート
フィラエ神殿(イシス神殿)は島なのでボートで行くしかありません

前方には、ナイル川の中洲のように浮かぶ小さな島が見えてきました。ここが、フィラエ神殿が移設されたアギルキア島(現・フィラエ島)です。近づくにつれ、巨大な第一塔門がゆっくりと姿を現します。その圧倒的な存在感に、さっきまでの悔しさが少しずつ興奮へと変わっていくのを感じました。

アギルキア島
フィラエ神殿(イシス神殿)のあるアギルキア島(フィラエ島)

「ナイルの真珠」に上陸

島に上陸すると、そこには吸い込まれるような紺碧の空を背景にした、砂色の美しい神殿が広がっていました。ナイル川の真ん中に、古代の神殿がぽつんと浮かんでいる光景は、まるで映画やゲームの世界のようでした。

イシス神殿
これを移築したってすごすぎ!

💡 フィラエ神殿(イシス神殿)とは?
女神イシスを祀る神殿で、プトレマイオス朝時代(紀元前3〜4世紀)に建設されその後ローマ時代にも増築が続きました。もともとフィラエ島にありましたが、アスワン・ハイ・ダム建設による水没の危機を受け、1980年にユネスコの支援によってアギルキア島へ移築。現在はアギルキア島を「フィラエ島」と呼んでいます。「ナイルの真珠」とも称される美しさを持ち、世界遺産「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群」の構成資産のひとつです。

イシス神殿がナイル川に浮かぶ島に建っているという非日常的なロケーション。気の遠くなるような努力によって守られたこの美しい景観を目の当たりにすると、ここに立てていることの価値を強く感じます。

フィラエ神殿(イシス神殿)
ナイル川から見るフィラエ神殿(イシス神殿)

緻密なレリーフに圧倒される

神殿の壁一面には、見事なレリーフが彫り込まれています。特に目を引くのは、敵を打ち据える王の姿や、女神イシスから祝福を受ける王の姿。数千年の時を経てもなお、その力強さと美しさは失われていません。

フィラエ神殿(イシス神殿)の壁画
エジプトって感じですね

静寂に包まれた「聖域(Sanctuary)」へ

外の賑やかさとは対照的に、神殿の内部はひんやりとした静寂に包まれていました。「Sanctuary(聖域)」と書かれた案内板の奥へと進みます。かつては限られた神官だけが入ることを許された場所。差し込む光に照らされたレリーフを見ていると、時空が歪んだような不思議な感覚に陥ります。

フィラエ神殿(イシス神殿)の聖域
壁画のライトアップがいい感じです

実はこのフィラエ神殿、「古代エジプト最後の聖域」とも呼ばれています。キリスト教が広まった後も、ここだけは唯一、最後まで古代エジプトの神々への信仰が許されていた場所。他の神殿が次々と閉鎖される中、フィラエ神殿は抵抗を続け、条約によって宗教的自由が保証されました。最終的に神殿が閉鎖されたのは550年のことです。

💡 最後のヒエログリフ
紀元394年、神官エスメト・アコムがこの神殿の壁に、歴史上最後のヒエログリフを刻んだとされています。ここに刻まれた文字が、古代エジプトの象形文字の「最後の記録」です。

トラヤヌス帝のキオスク

見学の最後に向かったのは、美しい列柱が並ぶ「トラヤヌス帝のキオスク」。パピルスをモチーフにした柱の頭飾りが青空に向かって伸びる姿は、まさにこの神殿を象徴する美しさでした。

トラヤヌス帝のキオスク
これも移築したなんて凄すぎますね

時間との戦いと、おじさんの笑顔

島に上陸してから、私の頭の片隅にはずっと「1時間」というタイムリミットがこびりついていました。もしボートが先に帰ってしまったら、自力で帰る方法はありません。一人旅における、まさに「詰み」の状況です。

その恐怖があったので、じっくり堪能したい気持ちを抑えつつ、実はかなり急ぎ足で境内をまわっていました。迷路のような神殿内を移動し、必死にシャッターを切る……。結局、予定よりかなり早い45分ほどでボート乗り場へと戻ってきました。

ところが、戻ってみてまた別の不安が。桟橋には似たようなボートとおじさんが無数にひしめき合っていて、正直、どれが自分のボートか見分けがつきません(笑)。少し心配になりながら岸壁を覗き込んでいたその時——私の姿を見つけるなり、遠くから大きな声で合図を送り、力強く手招きしてくるおじさんの姿が見えました。

ボート乗り場
複数のボートがあるので、どれが自分が乗るボートかわからなくなります

その笑顔と力強い仕草を見た瞬間、心の底から安心しました。エジプトの価格交渉は苦手な人間には体力を削られる作業ですが、一度契約を交わせば、こうして約束を守ってくれる。言葉は通じなくても、この瞬間に通じ合った圧倒的な安心感——そんな現地の人とのやり取りも、今ではこの旅の大切な思い出のひとつです。

【重要】エジプトの個人交渉サービスは必ず「後払い」で

ここで、エジプトを旅する方に絶対に守ってほしい鉄則があります。ボートやタクシー、ガイドなど、個人で交渉したサービスは「支払いは必ずすべての工程が終わった後の後払い」にすることです。

  • 前払いは危険:途中でいなくなるリスクが高くなります
  • 詰みを避ける:逃げられた瞬間に立ち往生してしまう場所では、後払いが唯一の抑止力です
  • 交渉の主導権を握る:「最後にまとめて全額払う(I’ll pay after.)」とはっきり伝えましょう

今回のおじさんは、こちらが何も言わずとも後払いで快く受けてくれた、本当にいい人でした。

帰り道と、小さな後悔

宿までの帰りのボートからの景色も絶景でした。ナイル川の水面を滑るように進むボートから見るアスワンの景色は、旅の中でも特に印象に残る時間。どこかヨーロッパの優雅さ(行ったことないですが!笑)すら感じさせる眺めでした。

アスワン絶景
天気も良くて絶景でした

宿に戻るまでの間、私はこの後のことを考え始めました。次の予定なんて、全く立てていません。早朝のアブ・シンベル事件のショックがあまりにも大きく、スケジュールを組む気力さえ残っていなかったのです。

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【エジプト旅行㉚】アブ・シンベル神殿に行けない!?送迎トラブルとイシス神殿への転換

「未完成のオベリスク(切りかけのオベリスク)でも見に行こうかな……それともスーク(市場)を散策しようかな……」

ぼんやりと考えますが、移動手段すら悩みどころです。「Uberも使えないし、移動はどうしようか……。ホテルのオーナーさんがいたら、タクシーを呼んでもらえるかな……」やる気があるのかないのか分からない、そんな気力が底をつきかけた状態でした。

宿前の桟橋
左の青い建物が宿泊した宿で写真真ん中あたりに桟橋があります

宿の前の桟橋に到着し、おじさんが手際よくボートを係留し終わったタイミングで、おじさんに約束の500EGPを渡すと——「No tip?(チップはないのか?)」と一言。
正直なところ、当時の私は「そもそも500 EGPだって結構高いはずだし、十分でしょ」という気持ちが強かったので、「チップ込みだよ」と伝えました。おじさんはそれ以上、しつこく言ってくることもなく、静かに引き下がってくれました。

「よく考えたら、たった一人でボートを貸し切って、往復送迎、しかも宿の目の前まで送り届けてもらって……かなりのVIP待遇だったんじゃない……?」

すまない、ボートのおじさん。今更だけど、やっぱりチップを渡すべきだったかもしれません。「ぼったくりが多い」という先入観がある国では、どうしても現地の人を過剰に警戒してしまいます。純粋に親切だった人に対しても、無意識に失礼な対応をしてしまっていた瞬間があったかもしれない——そんなことを、この旅では何度か考えました。

そして、奇跡の展開へ

ボートを降りる瞬間、私はおじさんに「タクシーはどこでつかまえられる?」と何となく聞いてみました。するとおじさんは「タクシーを探してるのか?」「呼んでほしいのか?」と、食い気味に2回も聞き返してきます。その勢いに、一瞬「また何か裏があるのでは?」「いいカモだと思われていないか?」と不安がよぎりました。

ところが、おじさんはそのまま岸に向かって大声で誰かを呼び始めました。 すると、岸にいた若い男性がこちらに合図を送っています。 おじさんは「彼がタクシードライバーだ」と紹介してくれ、ここでおじさんとはお別れ。私は半信半疑のまま、その若いドライバーのもとへ歩いて行きました。

「どこに行きたいんだ?」と彼は聞いてきました。私はもう半分諦めながらも、ダメ元で、絞り出すようにこう言ってみたのです。

「アブ・シンベル……」

アブ・シンベル?

彼は少し驚いたような顔をしました。この時、すでに時刻は午前8時を過ぎています。通常、アブ・シンベルへのツアーは早朝4時台に出発するもの。 片道だけで3時間から4時間はかかる長い道のりです。この時間から出発するのは、さすがに厳しいのかもしれない……。 そんな不安が頭をよぎりましたが、私の心の中では、どうしても諦めがついていなかったのだと思います。そもそも、このアブ・シンベル神殿を見るために、私ははるばるアスワンまでやってきたのです。トラブルのせいでこのまま終わってしまうなんて、どうしても受け入れられませんでした。

だからこそ、無理を承知の上で、言わずにはいられなかったのです。

彼はしばらく考え込みました。沈黙が続きます。そして、意を決したようにこう言いました。

「4,000EGP(約12,000円)だ」

高っ!」と思わず声が出ました。当初申し込んでいた乗り合いバスが2,100円程度だったことを考えると、6倍近い金額です。「3,000EGPにして」と交渉しても、彼は首を横に振るばかり。そして私の乏しい英語力でなんとか聞き取った限りでは、こんなことを言っているようでした(笑)。

「警察にお金を払わなきゃいけないんだ。だからこれ以上は下げられない」

……多分、そんなようなことを言っていたと思います。その言葉を聞いて、ふと頭をよぎりました。「もしかするとアブ・シンベルへ行くには、警察や役所への事前申請が必要なのか?」と。今はもう申請するには遅すぎる時間。この金額には「今から無理やり通行許可を取り付けるための、特別な調整費用」のようなものが含まれているのだろうか……。正確には分かりませんが、そんな考えが脳裏をかすめました。

彼は「友達に警察がいる」と言うと、おもむろにスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始めました。おそらく今からでも道を通してもらえるよう、その「友達」と調整をしていたのでしょう。私の承諾も待たず、話はどんどん進んでいきます。

この時点では彼がボッタクリなのか、本当に信頼できる人なのか、私には判断できません。4,000EGPは決して小さくない金額です。でも——

「お金はいつか稼いで取り戻せるが、時間と経験は取り戻せない」

腹をくくった私は、「4,000EGPでアブ・シンベルへ連れて行ってくれ」と伝えました。絶望のどん底にいた朝から一転——奇跡の大逆転が始まろうとしていました。

果たして無事に、あの巨大な神殿をその目に焼き付けることができるのでしょうか。次回へ続きます!

ドライバー浜田
真ん中が宿泊した宿で右に写ってるのがドライバーのハマダさん(ジャパニーズネームと言ってました)

アスワン・アブシンベルのまとめ記事はこちらの記事で紹介してます。
【アスワン観光まとめ】アブシンベルの行き方・フィラエ神殿・宿選び・移動手段を解説

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