前回の記事は↓
【エジプト旅行㉛】フィラエ神殿(イシス神殿)|絶望から一転、ナイル川に浮かぶ女神の聖域へ
ボートのおじさんの紹介で出会った若いドライバー・ハマダさん。「4,000EGP(約12,000円)でアブ・シンベルへ連れて行く」——その言葉を信じて、私は車に乗り込みました。
砂漠の検問所
交渉成立から、わずか数分。私はハマダさんが運転する車の後部座席に飛び乗り、アスワンの街を後にしました。
出発して10分ほど経った頃、行く手に大きな検問所が現れ、車を止められました。アブ・シンベルへ続く道はこの一本きり。この検問を避けて通る術はないようです。
車外には数名の武装した警察官たちが目を光らせていました。その中に一人、明らかに他の人たちとは違う隙のない身なりをした見た感じ40〜50代ほどの男性がいました。一目でこの場所の責任者だと分かります。
ハマダさんは車の中からその責任者と話し始めました。今からどうしても神殿へ向かいたいという状況を必死に説明しているようでしたが、責任者の表情は険しいままです。車内の私にまで、重苦しい沈黙が伝わってきます。
すると会話の中で、「ヤバーニ(Yabani)」という言葉が耳に飛び込んできました。アラビア語で「日本人」を意味する言葉です。「日本人なのか?」そんな確認をしていたのでしょうか。以前どこかで、「エジプトにおいて日本人はルールを守り、信頼できるというポジティブな印象を持たれている」という情報を見たことがありました。だからこの言葉が出たことは、交渉において有利に働くのではないか——そんな淡い期待を抱きながら、やり取りを見守りました。
ハマダさんの執念
しばらく話した後、ハマダさんは車を端に移動させました。どうやら一旦、話はついたようです。しかし彼はすぐにスマホを取り出し、「ダメだった」とポツリと言いました。それでも「警察の友達に電話する」と言って、再び誰かと話し始めます。
電話を終えると、ハマダさんは車を降り、検問所の近くにある事務所へと消えていきました。この時点で、彼が具体的に何をどう調整しているのか、私には分かりません。ただ確実に言えるのは、「ハマダさんは、私をアブ・シンベルへ連れて行くために一生懸命頑張ってくれている」という事実だけでした。
私にできることは何もありません。でも、彼のその姿を見ているうちに、「ここまで尽くしてくれたのなら、もしここを通過できずに断念することになっても仕方がない」という、清々しいほど穏やかな気持ちにすらなっていました。
執念が実った瞬間
やがて車に戻ってきたハマダさんは、「もう一度検問所にトライする」と言って、再び列に並びました。そして、先ほどの険しい顔をした責任者のもとへ。相変わらず責任者の表情は硬いままでした。しばらく話した後、ハマダさんがいくらかのお金を彼に手渡しました。
これが正当な通行料なのか、あるいは「裏の手」としての賄賂的なものなのかは分かりません。しかし、それが「通行許可」を意味したことは、ハマダさんの顔に浮かんだ笑顔ですぐに分かりました。
検問所にいたのはわずか5〜10分ほどだったと思いますが、私にはかなり長い時間のように感じられました。こうして車は、再びアブ・シンベルに向けて走り出しました。その後も何度か検問はありましたが、止められることはなく、道は驚くほどスムーズに開かれていきました。
砂漠の一本道と、ハマダさんの謎
アブ・シンベルへの道は、見渡す限り砂漠の中を貫くひたすらな一本道です。外の風景は走っても走ってもほとんど変わりませんが、その「何もない」ことの圧倒的なスケール感に、ただただ感動してしまいます。

同時に、ふと怖さもよぎります。「もしこんな場所で置いてけぼりにされたら、それは『死』と同義だな……」なんて、一人旅ならではの想像が頭をかすめました。
そんな過酷な環境でのドライブですが、やはりハマダさんもこれまでのエジプトのドライバーたちと同じでした。どれだけ外が暑かろうと、エアコンはつけずに窓を開けて爆走します。さらに不思議なことに、ハマダさんは長袖の服を着込んでいます。

「それ、絶対に暑いよね……?」
喉元まで出かかったツッコミを飲み込みながら、私は砂漠の風を浴びていました。エジプトの人にとって、11月の気候でエアコンをつけるなんてあり得ないことなのでしょうか。
ハマダさんがかなり飛ばしてくれたおかげか(たぶん平均スピード100km/hくらい)、車は予定よりもずっと早くアブ・シンベルの街へと滑り込みました。ずっと砂漠の道を走る続けるので景色があまり変わらず長く感じましたがアスワンを出発してから、かかった時間は約3時間。4時間くらいかかると思ってたので早くついてよかったです。

待ちわびた、アブ・シンベル上陸
車を降りると、そこにはアスワン以上に突き抜けるような青空と、強烈な太陽が待っていました。ハマダさんと「ここで待ってるから」「わかった」と約束を交わし、私は神殿の入り口へと向かいます。
チケット売り場で入場券を購入。価格は765EGP(後日カード明細で確認・約2,471円)でした。決して安くはない金額ですが、ここまで必死な思いでたどり着いた私に、入場しないなんてありえません。


緩やかな坂道を下っていくと、左手には巨大な人造湖「ナセル湖」が青く輝いていました。その先に回り込んだ瞬間——

「……本当に、来れたんだ。」
目の前に、あのラムセス2世の巨大な4体の像が姿を現しました。思わずその場に立ち尽くしました。数時間前、アスワンの宿で絶望し、一度は完全に諦めた景色が、今目の前にあります。ハマダさんの執念、そして「時間と経験は取り戻せない」とアブシンベル行きを決断した自分——すべてが繋がって、この圧倒的な光景にたどり着いたのだと思うと、震えるような感動が込み上げてきました。
知っておきたい「世界遺産」のはじまり
目の前にそびえ立つ、あまりにも巨大なラムセス2世の像。この光景を見つめながら、私はある「信じられない事実」を思い出していました。



💡 世界遺産誕生のきっかけは、このアブ・シンベル神殿だった
1960年代、エジプトでナイル川の氾濫を防ぐためにアスワン・ハイ・ダムの建設が計画されました。しかし、ダムができるとこの巨大な神殿は完全にナイル川の底に沈んでしまうことが判明。これに危機感を抱いたユネスコが「一国の遺産を人類共通の宝として世界で守ろう」と呼びかけ、約60カ国から資金と技術が集結しました。そして神殿は約1万6,000個のブロックに解体され、元の場所より約60m高い現在地へパズルのように積み直されたのです。この救出劇がきっかけとなり、1972年に「世界遺産条約」が誕生しました。
この青く美しいナセル湖を眺めると、どこか切ない気持ちになります。この湖の底には、かつて数千年の時を刻んでいた神殿の「本来の場所」が今も沈んでいるのです。この巨大な神殿が、実は一度バラバラに解体されて運ばれたものだなんて、目の前にある圧倒的な存在感を前にすると、にわかには信じられません。

現代の技術でも届かなかった「1日」
現代の技術でも届かなかった「1日」
この移設作業がいかに精密だったかを物語る、面白いエピソードがあります。
アブ・シンベル神殿の最深部には、**「至聖所(しせいじょ)」**と呼ばれる最も神聖な小部屋があります。そこには、闇を司るプタハ神、太陽神アメン・ラー、神格化されたラムセス2世、そしてラー・ホルアクティの4体の像が静かに並んでいます。

この場所では、年に2回、日の出の光が入り口から60メートルもの距離を貫いて最深部まで差し込み、神々の像を真っ直ぐに照らし出す「太陽の奇跡」という神秘的な現象が起こります。
移設の際、当時の世界最高の科学技術を駆使して、この現象も完全に再現しようと試みられました。しかし、計算にわずかな差が生じたのか、光が至聖所を照らす日は古代の時代よりも「約1日」ズレてしまったと言われています。
数千年前の古代エジプト人が持っていた天文学の知識と建築技術——それは、現代人が総力を挙げても完全には追い越せなかった、文字通りの「聖域」なのかもしれません。
王の愛が刻まれた「小神殿」
大神殿のすぐ隣には、ラムセス2世が最愛の王妃ネフェルタリのために建てた「小神殿」があります。大神殿の巨像に比べれば小ぶりですが、入り口に並ぶ6体の立像は圧巻の迫力です。

神殿の奥へ足を踏み入れると、そこは外の灼熱が嘘のような、ひんやりとした静寂に包まれていました。

左右に並び立つ柱の頭部には、愛と美の女神ハトホルの顔が彫り込まれており、その優しい眼差しが私たちを見守っているようです。壁面を埋め尽くす緻密なレリーフには、ラムセス2世が愛した王妃ネフェルタリが、女神から祝福を受ける様子が色鮮やかに描かれています。

数千年の時を経てもなお失われないその繊細な美しさは、ラムセス2世のネフェルタリに対する深い愛の強さを、静かに、けれど雄弁に語りかけてくるようでした。
人生で一番高くて、一番美味しかったアイス
そういえば、早朝からのハプニングに必死で、今日一日、何一つ口にしていなかったことに気づきます。フラフラと神殿の敷地内にある売店に吸い寄せられ、目に入ったアイスを手に取りました。

会計で提示された金額は、なんと235EGP(約762円)。
「高っ……!!」
私人生史上1番高いアイスです。普段の私なら間違いなく躊躇するレベルですが、その時の私には迷う余裕もありませんでした。しかし、一口食べてみると——
「……めちゃくちゃ美味しい……!!」
私人生史上1番美味しいアイスでした。冷たさが体中に染み渡り、糖分が空っぽの体にダイレクトにチャージされていくのが分かります。観光地価格なのは間違いありませんが、あの時の私にとっては、どんな高級料理よりも価値のある一品でした。

旅の終わりと、最高の財産
充実感に満ちた足取りで、私はハマダさんが待つ駐車場へと向かいました。帰り道、ハマダさんに支払う現金がなかったため、アブ・シンベルの街のATMに寄ってもらいました。1回の引き出し上限である3,000EGPを2回、計6,000EGP(約19,070円)をエポスカードでキャッシング。エポスカードは「エポスNet」からすぐに繰り上げ返済ができるため、利息を最小限に抑えられます。海外旅行における心強い味方です。
海外キャッシングやエポスカードについての記事は↓
【エジプト旅行⑨】エジプト入国は簡単?e-Visa通過とカイロ空港SIM・海外キャッシング解説
| この日の出費 | 金額 |
|---|---|
| ハマダさんのタクシー代 | 4,000EGP(約12,000円) |
| 入場料 | 765EGP(約2,471円) |
| アイスクリーム | 235EGP(約762円) |
| 合計 | 5,000EGP(約15,233円) |
再び砂漠の一本道を走りながら、私はぼんやりと考えていました。もし今朝のトラブルが起きていなければ、私はこれほどまでにこの場所に感謝し、一分一秒を噛み締めて神殿を眺めただろうか。今回は運が良かった。ボートのおじさんやハマダさんの存在、タイミングのすべてが重なって、最高の一日になりました。
砂漠の熱風と、アイスの甘み。そしてラムセス2世の圧倒的な姿。この日の経験は、私の人生において、一生モノの財産になりました。さらば、アブ・シンベル。

アスワン・アブシンベルのまとめ記事はこちらの記事で紹介してます。
→【アスワン観光まとめ】アブシンベルの行き方・フィラエ神殿・宿選び・移動手段を解説


コメント